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2012年7月22日 (日)

昭和55年開幕 あ・い・う・え・お

 長嶋監督(第一次)最後の年となった昭和55年。いよいよリプレイが始まる。スコアもある。

 ここで当時の一軍メンバーについて色々と思い出してみよう。

王:最後の年となった。前半戦終了時、うろ覚えだが、.285、21本塁打(2位)、55打点(二位)位の成績だったはず、オールスター、後半開幕第一戦で本塁打し、快調だったはずが…。後に明らかになった動体視力の急激な衰え。中日:戸田投手のストレート(135キロ位?)が速球に見え、本塁打だと思ってゆっくり走ったらフェンスに当たってシングルヒット(横浜)、阪神・藤原からライトに大飛球ーアナウンサーとホームランと絶叫…失速してライトフライ。衰えが見えはじめたころ(打率急降下)、無茶振りしてヘルメットを飛ばしていたのが忘れられない(解説の広岡は衰えではないく、不調と断言。まあ、言えないよね)。
新浦:前年、前半戦で12勝、中盤あたりから抑えとの兼用となったが、「江川のリリーフ」ばかりやらされてひねくれた?というような報道が目立った。徐々に無口となっていった孤独な姿…。改名までしたが、数年来の酷使のためか、わずか3勝に終わってしまった。長嶋監督が「新浦がいつもの年のようだったら、広島と優勝を争っていたはずだ…」と言いたくなるのもわかるよなあ。
福島:55年江川初勝利の試合。打者・岡田を迎え、本塁打を打たれるのではないかとうろたえまくっていた江川を支えた。一塁走者・島野を牽制で刺し、試合終了。得意の強肩が光った(昭和53年に6割台の盗塁阻止率をマークしたのは伊達ではない)。昭和57年頃、痔で入院したため、高卒の村田が一軍ベンチ入りするほどの捕手不足となり、阪急との間で笹本ー藤城のトレードが成立。打力のない福島の出番は殆どなくなった。昭和59年、トレードでロッテに移籍、稲尾監督のコメントで「捕手としての総合力は袴田より上」というのがあり、ちょっと驚いた。既に故人だったはず。地味ながら、忘れられない選手だ。
定岡:6年目を迎えるがこの時点で一軍未勝利。オープン戦で近鉄を完封し(スポーツ新聞には「夢か?」と書かれた)、成長を見せていた…が、初登板の中日戦では四球を連発し、「三年前と変わってない…」と私を嘆かせた。5月から先発で好投を見せ始め、6月の中日戦で初勝利(3−0だったが、井上にホームラン打たれてヒヤヒヤだったはず)。このときのワクワク感は忘れられない。翌年以降も活躍したが、安定感はこの年が一番だった。
永本:阪急在籍の前年終盤、一躍抑えの切り札となり、トレードで獲得。注目の的となったが、初登板の広島戦で好投も、この年から変更となった投手交代ルールのラインを超えたらどうのこうので?鹿取に交替後なのにマウンドに戻され、衣笠に同点打を打たれ、初勝利はパー。その後も勝ち試合で同点本塁打を打たれたりして、抑え失格の烙印を押される。6月頃には敗戦処理に。藤田監督になるや、柳田と再交換で阪急に復帰。57年に横手投げに転向し、15勝をあげる活躍。藤田監督が見抜けなかった唯一の投手?
古賀:青田元コーチが重い速球に目を付けて、ロッテから獲得。6勝を挙げるなど、まずまずの活躍だったが、オフに松原とのトレードで大洋へ。
ホワイト:スポーツ紙でヤンキース時代の成績をみて、びっくりした。凄い選手が来る、と。実際、素晴らしい選手でした。巨人に在籍した外人選手で唯一、OB会に在籍とか?
中畑:前年、躍進をとげ、一躍新しい巨人の顔に。しかし、前半戦は.220くらいしか打てず、替わりに高田が三塁を守るはめに。しかもザル守備…に加え、手袋の上にグラブをして指まで出していたので、OB連中からめちゃくちゃに言われていた。この年、一番の思い出は初勝利の試合での松岡から打った決勝2ラン。忘れられない。
角:53年の新人王も、無制球で前年は不振。伊東キャンプで横手投げに改造も、評論家からは「使えない」と大酷評。しかし、「三振がイニングを大きく上回る」ストッパー誕生の年となったのだ。特に最終戦では江川の最多勝が掛かった8回無死一塁から登板し、6打者から5三振を奪う神ピッチ。山本浩二が「日本一だ」と言ったとか。
江川:オープン戦で速球を投げまくり、「今年は20勝」の声が高まったなかでのシーズン。スタートをうまくきれれば、あり得たろうが…。しかし、天才の片鱗は見せていた(配給王の片鱗もね)。終盤のヤクルト戦で完封が掛かった試合の無死三塁から、本気で投げて三連続三振(三振した岩下のコメントが、「速い速い、あんな球打てるわけありませんよ」)、しかし9回二死無走者から若松にホームランで完封逃す。いつも江川ってこうなのね…。

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